A:端唄は江戸時代中期に江戸市中で好まれて唄われた大衆はやり唄で、小唄の母体となるものです。小唄に比べると表現の仕方はあまり技巧的ではなく、撥弾きであるため華やかです。小唄は江戸時代後期、端唄から派生しすでに独立していた歌澤節(端唄に比べるとスローテンポの曲調)のあと、清元お葉によって創始されたものです。その特徴は、端唄とも、歌澤とも曲調を異にした、早間拍子の三味線を主としたもので、唄も軽妙洒脱な江戸前の唄い方が、当時の江戸っ子の共鳴を呼んだようです。現在「江戸小唄」といわれているものです。
A:簡単に言うと浄瑠璃というのは三味線音楽における「語り物」の総称と思ってください。歴史は古く15世紀に遡ります。それに対して小唄は「唄い物」です。法師唄に始まり地唄、江戸長唄、端唄といった流れになり、清元お葉により「江戸小唄」となります。
A:まず「短い」ということでしょうか。短い中に「粋といなせ」を摂りこみ、なんともいえぬ情感のあるものです。テンポの速い今の時代に適した音楽です。是非折がありましたらお聴きください。
A:現在はおよそ70流派ほどあります。清元お葉(天保11〜明治34)、その弟子の横山さきまでは流派はなく、大正時代の初めから横山さきの弟子達の中から、堀派(堀小多満)、田村派(田村てる)小唄派(小唄幸兵衛)、蓼派(蓼胡蝶)、吉村派(吉村ゆう)春日派(春日とよ)といった流派が誕生しました。現在ある流派は殆どがその流れといってよいでしょう。それぞれ大きな違いはありませんが、清元お葉の意図する、三味線本位で、どちらかというと唄を従とした早間系を踏襲する流れと、時代の流れから舞台を意識して、唄の割合を多くもとめ、三味線を従的考えとした流れとがあります。
A:江戸小唄初期の小唄は早間で、小座敷で唄っているうちは良いのですが、だんだん広い場所で披露することが多くなると、1曲では短いため俗に、「小唄二題」といわれるようになりました。情感のあるものを最初に、2曲目は三下り物の軽妙洒脱なものを付け変化をつけたりもします。近代になり3分、4分といったものが作曲されるようになってからは1曲の演奏も多く見られます。
A:短い演奏時間の中で、いかに内容を表現するかということが一番大事なことで、短いがゆえに一番難しいことでもあります。
A:お葉の江戸小唄は、当初弾き唄いを建て前として、三味線も他の邦楽同様撥を用いていました。それが明治中期爪弾きに代わったのは、小唄が舞台唄ではなく名士富豪通人たちの粋な小座敷で唄われたこと、遅い時間の三味線の音をはばかったためと考えられますが、他流派(他ジャンル)との違いを意識したことも根底にあったと思われます。そして江戸小唄の爪弾きも、時代を追って(肉弾きに)変わり、音色も軽く美しいものに進歩していき、三味線の弾奏技巧上で新しい境地を開いたというわけです。
A:晩年お葉が、小唄の弟子に口伝したことによれば、小唄は三味線のもので、唄は妻だから節をつけずふんわりと温和に唄い、三味線に間をうまく合わせて、言葉とおり唄に表情を表すものだといっています。江戸小唄は歌詞でなく、三味線の弾き方と唄いかたにその特徴があるということで、それが当時の「難し好き」を満足させたようです。しかし、時代の推移とともにお座敷から劇場へと演奏の場が変わってくるにつれ、唄と三味線のバランスは徐々にその割合は変化し、現在は劇場での演奏に映えるよう、唄が主で、三味線は従とした演奏が多いようです。
A:すべての先生ができるわけではありませんが、可能な先生もいらっしゃいます。小唄連盟事務所にお問い合わせいただくか、或いはお近くに三味線屋さんがありましたらお聞きになってみるのもよいと思われます。
A:不可能とはいえませんが、邦楽は唄と三味線のバランスが、大事ですので、唄を先にお稽古されることをお薦めします。お三味線は、どのお稽古場にもほとんどありますのでお持ちになることはありません。
A:原則的にはマンツーマンのお稽古です。カルチヤーセンター等で可能なところがある場合もあります。
A:先生によっても違いはありますが、通常は月4回のレッスンが多いようです。
A:一般的お月謝は10000円〜が多いようです。(入門時は入門料が発生します。基準は月謝1カ月分が相当です)
A:学校、各種教室と同様とお考えください。お月謝は発生します。長期お休みの場合は先生とご相談するのがよいでしょう。
A:お稽古に服装の決まりはありません。お着物に興味をお持ちの方は、着る機会はありますので結構楽しいと思います。
A:正座に慣れない方、或いは正座のできない方には他の方法もありますので、先生にお確かめいただくとよいと思います。